人知れず
4thアルバム
2018年9月29日リリース
【収録曲】
- それでも
- なにかいいことあるといいな
- 傘
- キムくん
- 俺とお前
- 売れない歌をうたえるのは
All songs written by スギタヒロキ
All songs arranged by 酒井ヒロキ
サウンドプロデューサーに関西インディーズシーンの重鎮・酒井ヒロキを迎えた4thアルバム。フォークギター、ガットギター、マンドリンなどで構成されるアコースティックなサウンド上に、スギタヒロキの内省的な歌が展開される。
「人知れず」試聴
スギタヒロキ「人知れず」を語る
4thアルバム『人知れず』は、前作と同じくWISEMAN’S BELL Recordからリリースしました。2018年9月29日ですね。
前作リリースから半年後ぐらいに、レーベルの代々木原シゲルさんと次のアルバムも含め、今後どんな風に活動しようかって打ち合わせをしたんです。その時に「静岡を拠点にするなら、やっぱり静岡市民文化会館でワンマンライブやるべきじゃない?」という話になったんです。
静岡の人にはおなじみですけど、有名なバンドやミュージシャンが静岡でライブするといえば、やっぱり静岡市民文化会館なんです。“静岡の武道館”といえば感じが伝わりますかね。僕も密かに市民文化会館は狙ってたんで、アルバムリリースと市民文化会館のワンマンライブをセットにする計画がそこで持ち上がりました。
実際に『人知れず』を出した後、2018年10月28日に静岡市民文化会館C展示場という150人キャパのところでワンマンをやりました。この時にはもう「次は1,000人ホールでワンマンだ!」という目標を決めていたので、それに向けたキックオフ的なライブにもなりました。
前作は「リスナーの間口を広げる」をコンセプトに、収録曲やアレンジ、歌詞について人の判断を大きく取り入れたので、今回は自分の色をもっと出したいなあと。そこでシゲルさんには「一般受けしないかもしれないけど、今度は自分のやりたいことを追求したい」と意向を伝えて。収録曲や順番もレコーディング前に自分の中ではもう決めてました。
サウンドプロデューサーは関西で活動する酒井ヒロキさんにお願いしました。この方はご自身もシンガーソングライターで、「高木まひことシェキナベイベーズ」というバンドでギターも弾いてます。名のあるミュージシャンとセッションしたり、アレンジや楽曲提供もしている方なので、「酒井さんにプロデュースをお願いした」と言うと同業者には結構驚かれますね。
レコーディングは大阪のライブハウスでやりました。ステージにマイク2本だけ置いた、ギター弾き語りの一発録りスタイルです。「いつものライブみたいな方がええやろ~?」と酒井さんがセットしてくれました。『なにかいいことあるといいな』と『キムくん』だけは酒井さんが事前に作ったオケにあわせて歌ってます。
録音は3時間×2日の予定だったんですけど、1日目だけで僕の歌とギターはほぼ録り終えたので、2日目は酒井さんがギターや他の楽器を重ね録りするのを見てました。歌は多い曲でも5テイクぐらいしか録ってないんじゃないかな?今までレコーディングには相当時間かけてきたんですけど、今回僕の出番はトータル3時間ぐらいしかなくて、「本当にこれでいいのかな?」と逆に心配でした。あっという間過ぎて。
酒井さんは「今のテイクは良かった」「これは録り直しやろ」みたいに助言してくれるんですけど、最終判断はほとんど僕に任せてくれて。レコーディングに慣れてきたこともあって自分に少し余裕があったし、変な背伸びも、無理も一切していない、等身大の自分が反映された作品になったかなと思います。
1:それでも
ある時、外で酒を飲み歩いてたら、自分では気づかなかったんですけど、どうやら道のど真ん中をフラフラ歩いてたらしくて。「兄ちゃん危ないよ!」って知らない人に声掛けてもらってようやく正気を取り戻し。でもその後すぐに道端で寝ちゃったんですけどね(笑)。そんなエピソードから生まれた曲です。
道端で寝ちゃうのもそうですけど自分のダメダメ感と、なかなか陽の目を見ないミュージシャンのやさぐれ、あとはパトカーの赤色灯を見てそれが自分への警告のように感じる気持ちとか、いくつかのイメージが結びついてできた歌です。「オレンジ色のスポットライトが僕を照らすから」というのは、国一(国道1号線)沿いにある街灯のイメージですね。
イントロのリードギターは酒井さんです。めちゃくちゃカッコいいですよね。僕のパートを録った後、「どの楽器を重ねる?」って話になったんですけど、この曲はどうしてもギターでやってほしくて。その結果、ありきたりではないのに、曲を邪魔せず、むしろ引き立たせる、とにかくカッコいいフレーズを入れてくれました。
酒井さんってサラリと「ギターなら簡単やで」って言うんですけど……どう考えても簡単じゃないですよねこれ。酒井さんのギターは本当に半端なかったです。
2:なにかいいことあるといいな
この歌は「応援ソング的なものを作ろう」というシゲルさんのアドバイスを受けて作りました。前作『僕らの時代』の時にはもうできてました。
みんな普通に生活しているように見えて、人知れず悩みやトラブルを抱えてることがあると思うんです。そういう苦悩をあえて「精神病」とか「薬物中毒」とか、具体的すぎる生々しい言葉で綴りました。比喩表現とか、イメージや想像を呼び起こす言葉というのも僕は大好きですけど、この曲ではあえて棘のある具体的な言葉を選んでます。
何でもない普通の暮らしの描写から入り、どんどん具体的な悩み、苦しみに展開していって、最後には「とにかく生きろ!」と畳み掛ける流れは我ながら好きです。機会があればこの歌はぜひギター1本の弾き語りで聞いてほしいですね。丸みのあるアレンジを取り除くと、生々しい言葉の羅列がまた全然違った印象に聴こえてくると思います。
3:傘
ある時、電車を降りて改札を通ったら、傘をさしながら手にもう1本傘を持ち、人を待っているお姉さんがいたんですね。待っている相手は恋人かな夫婦かな、二人はいつまで続くのかな、もし僕が当事者だったらどんな感じかなと、いろいろな想像が膨らんだんです。
歌詞はまず自分の頭の中に浮かぶ風景を隅々まで事細かに書き出して、そこから不要なものを削っていきました。僕の中では映画のワンシーンみたいなイメージです。自分の思い描いている映像を上手く言葉にできましたね。
演奏はガットギターのみ。歌は1回しか録ってないです。この曲は他に何も要らないと思っていたら、酒井さんも「このままが一番いい」と言ってくれたので良かったです。演奏も言葉も不要なものが一切ない、すごくバランスの取れた歌になったと思います。
4:キムくん
これはほとんど歌の通りです。大学の同じゼミにキムくんという子がいて、すごくいいヤツだったんです。「最初に教えた日本語はおっぱいだった」も実話ですね。「君可愛いね~」とかそんな言葉を教えて。彼はすでにほとんど知っていましたが(笑)。
キムくんに限らず、今日本にたくさんの外国の人が来てますけど、たとえば彼らとすごく仲良くなった後、彼らの母国と日本が戦争することになったら、それってすごく切ないし、やりきれないよなあと。そんな気持ちを歌った曲です。
僕は子供の頃から両親や祖父母から戦争の話を聞かされて育ってきたし、いとこが自衛隊に入ってたこともあって、戦争については興味があるし、自分なりの考えを持っていたいという思いがあるんです。一人旅に出ると、戦争関連の記念館や資料館にも行ったりしますし。偏った思想や考えがあるわけじゃないですけど、ただただ平和がいいなと。これも歌の通り、「戦争なんてやめてくれ」の一心です。
酒井さんのアレンジは、ボブ・ディランの『I want you』を思い出しました。ボブ・ディラン大好きなんで嬉しかったですよ。これも弾き語りだとまた印象が変わるので、ぜひライブで聞いてほしい曲ですね。
5:俺とお前
人が人を嫌う理由って、実は特になかったりするんじゃないか、本人もその理由をわかってないことが多いんじゃないか、って思うんです。
誰かへの評価が「手のひらを返したように」変わるってよく言いますけど、手のひらを返す前なぜそんなに悪い印象を持っていたのか、多分本人も上手く説明できないことが多くて、だからこそコロッと心変わりするんじゃないかと。そういう人間のコロコロ変わる心とか、節操のなさ、浅はかさを憐れんでいる歌ですね。あ、「テレビに出てくるあいつ」というのは、ドラゴンボールのピッコロです。
この歌の主人公は、自分が嫌われていることをあまり意に介してないし、むしろ嫌っている奴らのことを少し可哀想だと思ってるフシがあるんですけど、でも嫌われていることを本当はつらいと思っていて「胸が痛い」んですね。
そんな風に思いつつも、自分のことを嫌っている奴が、誰かから悪く言われていると「しめしめ、ざまあみろ」と思ってしまうと。そんな気持ちを「俺の腐ったあの部分」と表現しています。
……よくわからんなあと思われたかもしれないですけど、自分でも解説していてよくわかんないっす(笑)。でも、わからないなりに僕は好きですよ、この歌。伴奏のマンドリンは酒井さん。あの人なんでも弾けるんですよ、バンジョーとか。この曲のマンドリンはすごく気に入ってます。
6:売れない歌をうたえるのは
この歌は2、3テイク録ったんですけど、あえて上手く歌えていないテイクを選びました。大切な人に売れてないことを懺悔するミュージシャンの歌なんで、あんまり上手く歌いこなしてちゃダメかなと。今回のアルバムではこういう余裕というか、遊び心を持つことができましたね。
1曲目の『それでも』がプロローグとしたら、この曲はエピローグです。最後にしょっぱい感じを醸し出しつつ締めると。今回はアルバム全体を通した流れも意識して作ることができました。
この歌は、できればずっと歌い続けたいですね。いつの日か売れた状態になって歌えば、なおさら染みるものがあると思うんで。僕の音楽をすごく好きでいてくれる人とか、同じような境遇のミュージシャンには受ける曲です。「そうなんだよな~」とすごく共感してもらえます。どうでもいい人には、割とどうでもいい歌でしょうけど(笑)。
「人知れず」まとめ
アルバムタイトルの『人知れず』の由来ですけど、これはシゲルさんと相談して決めました。「すべての歌に共通する言葉ってなんだろうな。これは……人知れず、かな」と。
「人知れず、思う」「人知れず、悩む」「人知れず、焦る」。このアルバムの歌はすべて自分の心の中をじっくり見つめて歌うものばかりで、そのことを表立ってアピールしたい、誰かに強く伝えたいというものはないんですね。だから、バッチリなアルバムタイトルだと思いました。
ジャケットと歌詞カードの絵は、ヤマモトシュウさんという、障害を持ちながらも画家として活躍されている方にお願いをしました。アルバムを聴いて、そのイメージからこの絵を描き下ろしてくれたんです。ジャケットの絵はギターで、歌詞カードの絵は『キムくん』からイメージした絵でしょうかね。ダンボールをキャンバスにしているそうで、よく見ると薄っすら質感が残ってますよね。
アルバムの評判は結構いいです!『キムくん』が特に人気ありますね。このアルバムはSpotifyとか配信サービスでも聴けるので、ライブで対バンする人が事前にチェックしてくれてることもあります。ライブ会場で歌を聴いて「本物だー」って言われたり(笑)。
個人的には、ようやく僕らしさというか、自分の音楽性をちょっとは醸し出せたアルバムになったかなと思います。あまり派手さはないけれども、背伸びしていない、等身大の自分、そういうものを上手く音に落とし込めたのではないかと思います。
『ろぼうのほし』『僕らの時代』と、前2作をふまえて聴くとよりスギタヒロキの成長が感じられると思うので、この機会にぜひまとめてお買い求めいただければと思います(笑)。